ISSUE#08
加速する人口減少。
私たちに今できることを考えていきます。
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出身地ではなく、能登へ「Jターン」。
「自宅の周辺が森に囲まれ、樹木が多いおかげでしょう。朝、散歩をすると空気が澄んでいて、新鮮な酸素がおいしい」。昨年10月に福岡県から「能登志賀の郷リゾート」(志賀町)の分譲地へ移住した長路徹朗さん(67)は、笑顔でこう話します。
長路さんは金沢市の出身。勤め先の関係で40年間、同県内に住んでいました。定年を機に「ついのすみか」を求め、志賀町へ“Jターン移住”しました。
妻の純子さん(69)が福岡県の生まれということもあって、当初は同じ九州の大分県別府市を第一候補にしていたそうですが、「こちらが温泉付分譲地であることや、緑豊かな能登の自然環境に引かれたことが決め手となり、私の出身県である石川に移ることにしました」と徹朗さん。純子さんも「私はカニが大好きで、石川に来れば存分にその味覚を楽しめることも理由でした」と振り返り、「実際にこちらで生活すると、普段口にするお米やカニ以外の魚介もおいしい」と満足そうです。
人口減少対策として、全国の地方自治体がUJIターンの促進に力を入れています。本県では2011年に「能登の里山里海」が日本で初めて世界農業遺産に認定されており、強力な個性となるでしょう。
世界農業遺産は、近代化の中で失われつつある伝統的な農業・農法、生物多様性が守られた土地利用、農村文化、景観などを一体的に維持保存し、次世代に継承していくために国際連合食料農業機関(FAO)が認定しています。能登の里山里海には同機関からお墨付きを得た、日本の原風景とも呼べる貴重な生活環境が残っており、いわゆる「スローライフ」を送るには、うってつけの場所といえます。長路さん夫妻にとっては能登の自然と食が大きな魅力となったようです。
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人と人の触れ合いも移住者にとって魅力。
世界農業遺産の重要な構成要素である農村文化も、移住者の心を引きつけるポイントでしょう。
珠洲市で農業を営む小林貴顕さん(42)、由佳さん(44)は2010年に東京から同市に移住しました。貴顕さんは野々市市、由佳さんは金沢市の出身。生まれ育った地元でなく、あえて珠洲市に移り住んだのは、「農村ならではの人づきあいが残る土地柄だったから」と貴顕さんは語ります。大都市で希薄化した地域コミュニティが能登には今も息づいており、大学進学後、ずっと都会暮らしを続けてきた貴顕さんにとって、温かな人間関係を築きやすい田舎暮らしは憧れでした。
小林さん夫妻は、いろりが残る古民家に住み、日中は稲作と野菜づくりに精を出します。貴顕さんが兼業農家の三男ということもあって、生活の糧を得る手段として農業を選びました。「スローライフという言葉とは真逆で、結構忙しいですよ」と苦笑いするものの、自然と共に生きる日々に貴顕さんは心の充足を覚えているようです。由佳さんも「田畑からの収穫物はもちろん、近くの海山でとれる土地の恵みも豊かで、近所のおばあちゃんと山菜を採りに行ったりします。おすそわけを通じたお付き合いなど、ここで暮らしているからこそ得られる楽しさがありますね」と話します。
夫妻は町内会も兼ねたまちづくりのグループに入り、貴顕さんは祭礼の運営にも積極的にかかわっています。「人が少ない分、地域の中で住民一人ひとりが果たす役割が意外と大きく、たとえ老後を迎えてもずっと社会とつながっていられます」(貴顕さん)。
「来てよかった」と口をそろえる小林さん夫妻の笑顔から、能登の里山里海で暮らす魅力の大きさが、うかがえます。
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